差別克服講座

様々な個人的または集団的属性を理由とする差別を克服するための日常的な努力の方法について考えるブログ

トランプ差別発話への対処法

アメリカ次期大統領選の共和党候補者指名選に立候補している「不動産王」ドナルド・トランプが「イスラーム教徒の米国入国禁止」を打ち出したことが波紋を呼び、英国では対抗上、トランプの英国入国を禁止する署名運動が展開され、議会が検討を始める事態となっている。

 なぜ、そこまでの事態になるのか、差別に鈍感な日本ではなかなか実感がわかない。結論から言えば、トランプ発話は「人種差別」に該当するからである。と言われても、まだピンとこないので、まずは本人の発言を見てみよう。

 英語のニュースサイトでは要約的に引用されていて、本人の原発言が直接に引用されていないのだが、少なくとも、"a total and complete shutdown of Muslims entering the United States"という表現を使ったことは間違いないようだ。

 これを直訳すると「イスラーム教徒が合衆国に入国することの全面的かつ完全な遮断」となる。つまり、イスラーム教徒は無条件に入国禁止とするというのである。ここでMuslims とは、日本語ではイスラーム教徒と訳され、これだとイスラーム教信仰者ということで、例えば日本人でもイスラーム教信仰者なら、将来の「トランプ政権」によって入国を禁止されることになりそうである。

 であれば、これは「人種」よりも「信仰」による差別であるが、トランプは同時に、この提案は第二次大戦中に米国政府が日系アメリカ人を強制収容した政策と変わらないとも釈明している。これは、敵国となった日本にルーツのある移民の自由を奪った悪名高い人種差別政策である。

 ただ、これはすでにアメリカに入国・定住し、米国市民となっていた日系人を拘束したものであって、これから入国しようとする者を阻止する政策とは本質的に異なっており、トランプの理解には混乱がある。

 しかし、人種差別的な日系人強制収容政策を引き合いに出してムスリム入禁を正当化したからには、トランプ発言はイスラーム教という信仰による差別というよりも、イスラーム教徒の多くを占めるアラブ人を含む広い意味でのアジア人の入国を広範囲に禁じることにつながるので、結局のところ、「人種」による差別とイコールとなる。

 ただし、トランプにもいくらか引け目はあるのか、ムスリム入禁措置は恒久的なものではなく、「我が国の代表者たちが起きている事態を把握できるまで」(until our country's representatives can figure out what is going on)の暫定措置だとしている。

 しかし、差別的政策は期間を区切っても正当化できるものではない。そうでなければ、「期間限定」なら、ナチのユダヤ人虐殺も正当化できることになってしまうからだ。

 トランプは自身の発話に対する批判に対して、「自分の提案は政治的に正しくないかもしれないが、気にしない」と開き直ってもいる。政治的に正しい(politically correct)というのは、トランプのような差別主義者がしばしば差別批判言説に対して抵抗的に向ける反駁の文脈で使用されるキーワードである(詳しくは、拙稿参照)。

 トランプの差別的発話は他にも多数あるので、おそらくは確信犯的な「差別王」でもあるのだろう。自分の発話が強い批判を招く一方、支持者やシンパの喝采を浴びることも承知で繰り出される挑発・煽動言説である。

 この点、日本の政治家で言えば、最近は引退して鳴りを潜めているように見えるが、石原慎太郎東京都知事に近いタイプである。かれらに共通するのは、批判を浴びて消沈するどころか、むしろ批判を期待しており、批判を受けてかえってにんまりするという冷笑的な精神構造である。

 このタイプのパーソナリティ所持者に対する対抗策としては、正面から受け止めて、「人種差別だ!」と批判・糾弾する「真面目な」方法ではかえって逆効果である。むしろ、一切の反応を示さない全面的かつ完全な無視(total and complete ignorance)という方法のほうが、発話者本人を狼狽させる可能性が高い。かれらは自己顕示性が強いので、無視されることには耐えられないのだ。

 ただ、一切反応しないのは、差別言説を容認するのと同じで、かえって発話者に誤ったメッセージを送ることにならないか、という心配もあろう。しかし、反応しないのは容認とイコールではなく、むしろ反応するだけの価値すら認めないという究極の批判なのである。

 無視されず、反響があることに気をよくして、まだまだ続くであろうトランプの差別的発話に逐一反応してしまうと、トランプ発話が繰り返し報道・引用されることで、かえって宣伝効果を生じ、彼への支持もいっそう強まり、本当に「トランプ政権」ができてしまう可能性すらあることが懸念される。


【追記】
トランプ発話をヘイトスピーチ(憎悪表現)として非難することも誤りではないが、「ムスリムを殺せ」というような典型的なヘイトスピーチとは異なり、大統領指名選候補として「ムスリム入禁」という人種差別的な一種の公約を表明したものとみるべきである。従って、トランプの英国への入国禁止問題も、そうした人種差別主義者(レイシスト)の入国を拒否するかどうかという問題となる。