差別克服講座

様々な個人的または集団的属性を理由とする差別を克服するための日常的な努力の方法について考えるブログ

〈反差別〉練習帳[全訂版](連載第26回)

レッスン4:性別差別

レッスン4では、差別の二丁目一番地に当たる性別に基づく差別に関する練習をします。

例題1:
あなたは女性の「母性」の存在を信じますか。

 

(1)信じる
(2)信じない
(3)わからない

 
 性差別の中でも歴史的に最大級であり続けてきたのが、女性差別です。とはいえ、この問題への取り組みは差別問題全般の中では最も進んでいるのですが、それでも女性差別は根絶されていません。たしかに「男尊女卑」思想は少なくとも文明諸国ではもはや克服されているように見えますが、それでもなお女性差別が根絶できないとすれば、一つには「母性」という観念が女性差別の最後の砦となっているせいではないでしょうか。
 
 ここで「最後の砦」と言うのは、少なくとも現代の文明諸国では露骨な「男尊女卑」思想は―それを個人的に隠し持つことはあり得ても―公式には通用しなくなっているからです。「両性の平等」は、もはや取り消しのきかない公理として定着しています。ところが、「母性」という観念はなお息づいており、当の女性自身が自らの「母性」の存在を信じていることも意外に多いのではないでしょうか。
 ただし、この「母性」という観念は決して女性を直接に卑しめるものではなく、むしろ「母なる女性」を称賛し、持ち上げてさえいるのですが、同時に「父性」に対しては従属的・補助的なものとして劣等視もし、「母性」を理由に女性に出産を強制したり、育児役割を押し付ける根拠としても利用されます。その意味で、これはいわゆるほめ殺しのようなもので、理論編で見た利益差別の一種とも言えます。

 
 当連載はアンケート調査ではなく、あくまでも「練習」ですから、原則として「わからない」という逃げの選択肢は認めないのですが、本例題は唯一の正解を持たないので、「わからない」という逃げ道を設けています。少なくとも「わからない」なら「母性」を差別の砦として利用することもないでしょう。

例題2:
あなたは、女性の人工(医療的)妊娠中絶を原則的に禁止するという政策に賛成しますか。

 

(1)賛成する
(2)賛成しない


 この例題に関しては、少しばかり予備知識が必要となります。まず「人工妊娠中絶」という用語について、この「人工」という表現が差別的というわけではないのですが、いかにも機械的で、言外にどこか否定的なニュアンスが隠されているように思えます。
 その意味するところは、要するに、産科医師が施術する妊娠中絶ということですから、「医療的妊娠中絶」と呼ぶのが適切と考えます。以下、「妊娠中絶」とは、この医療的妊娠中絶の略語とします。


 さて、妊娠中絶に関しては、違法から合法、条件付き合法まで国によって大きく政策が異なります。日本では刑法で妊娠中絶=堕胎は犯罪行為とされますが(刑法212条)、母体保護法により一定条件下で合法化するという政策を採っています。従って、例題の「女性の妊娠中絶を原則的に禁止するという政策」とは日本の現行政策にほかなりません。

 このように、妊娠中絶を犯罪行為とする政策は、まさに女性に出産を強制することにより、「母性」を押し付けることを意味しています。
 実際のところ、日本では母体保護法上の合法化条件の一つである「妊娠の継続または分娩が身体的または経済的理由により母体の健康を著しく害するおそれのあるもの」(同法14条1項1号)が拡大解釈され、事実上は妊娠中絶を原則的に認めているに等しく、堕胎罪での起訴は全く行われていません。にもかかかわらず、堕胎罪の規定が廃止されないのはなぜでしょうか。

 その点、アメリカなどでは宗教的な命の尊厳論の観点からの妊娠中絶反対論が強く、社会を二分するほどの論争になっていますが、「命の尊厳」を根拠にしたところで、妊娠中絶を禁止するということは女性に出産を強制することにほかなりません。出産により女性の進路は大きく変化し、男性にはない様々な社会的制約を受けることにもなります。ここでの「命の尊厳」はそうした女性差別の隠れ蓑であり、これは転嫁的差別の一例と言えます。

 
 一方、日本では堕胎罪の存在を知らない人もいる?ほどに事実上妊娠中絶は広く認められているのですから、適用されることのない堕胎罪罰則を維持することの理由が鋭く問われるでしょう。

例題3:
[a]あなたは、女性向きの職業というものが存在すると思いますか。

(1)思う
(2)思わない

[b]([a]で「思う」と回答した人への質問)具体的には、どんな職業ですか(自由回答)。


 「母性」という観念は、労働の分野でも「女性向き」とみなされるいくつかの職業を産み出してきました。例えば、看護師、助産師、保育士、秘書などです。これらの職種が「女性向き」とみなされているのは、そこに「母性」で優しく包むようなイメージが込められているからでしょう。そのため、これらの職種では女性に極めて有利な地位が与えられています。
 
 反面、これらの職種には男性が就きにくく、「男性差別」という逆差別現象も生じてきます。他方で、「母性」を強調していくと、それによって女性は「女性向き」とみなされるいくつかの限られた有利な職種以外の領域では、非正規労働やパート労働のように男性よりも不利な扱いをされ、究極的には母親業に専念すべく「専業主婦」という立場に押し込められることにもなります。
 従って、逆差別としての「男性差別」も「女性差別」と全然無関係なのではなく、その主要な要因は、実は「母性」という観念にあり、言わば「女性差別」のしわ寄せ的な副産物なのです。
 
 「母性」という観念を信じるかどうかは個人の思想信条の自由だとも言えるのですが、「母性」に対する信念は、客観的に見れば両性にとって決してプラスにはならないでしょう。