本年も残すところあとわずかですが、今年はパンデミックに始まりパンデミックに終わるという異常な年度となってしまうようです。そうした中、差別克服という観点から今年を振り返ってみますと、何と言ってもパンデミックの渦中、国内外で大規模な差別事象が起きてしまったことは、遺憾としか言いようがありません。
本稿の論題もパンデミック関連が主になってしまいますが、その前に3月に出た2016年相模原障碍者施設襲撃・大量殺傷事件の判決についても、触れておくべきでしょう。
この判決はパンデミックによってかき消されてしまった観もありますが、ナチスばりの障碍者排除思想に基づいて、元施設職員(!!)が施設を襲撃し、ある種の反障碍者テロを実行するという海外でも例を見ない事案の判決であり、重要度は高いと思われます。
この事件については、当時当講座で物した拙稿でも予見したように、死刑判決(裁判員裁判)が下されました(控訴せず、確定)。19人を殺害した本件の場合、死刑存置国である日本では、ほぼ自動的に死刑判決となるケースであり、結論に驚きはありませんが、そもそも死刑という制度自体、特定の犯行者を“鬼畜”とみなし、人間たる資格を剥奪しつつ、生きるに値しない存在として抹殺することを正当化する差別的な刑罰制度です(別ブログ拙稿も参照)。
実際のところ、ウイルスの起源問題についてはこれから世界保健機関(WHO)による調査が始まろうとしているところであり、未確定の段階ですが、仮に中国起源だしても、ウイルスが中国をはじめとする東アジア以上に欧米で大規模に蔓延したことについては、ウイルスの変異に加え、欧米人の遺伝的体質や行動慣習、保健・医療事情等々、欧米固有の要因があるはずで、そうした自身の問題を棚に上げて、東アジア人を槍玉にあげるのは、筋違いです。
ですが、中世のペスト禍の際の便乗的なユダヤ人差別事象にも見られたように、大規模な感染症パンデミックが差別事象の温床となることは、残念ながら、歴史的な法則となっています。そこには感染症への大衆の恐怖心が作用しているはずですが、そればかりでなく、如上の自分たち自身の固有問題を棚上げして、スケープゴートを外部に求めようとする悪い意味での共同体的な心性も関わっているのでしょう。
一方、国内に目を向けると、コロナ感染者差別、あるいはコロナ診療に当たっている医療者への差別という事象の広がりが深刻です。これは、海外からはほとんど聞こえてこない日本固有の差別事象のようであります。そこには、「感染自己責任論」のような日本特有の社会意識が関与していると考えられます。同時に、日本では(あくまでも)公式上の感染者総数が欧米よりは少ないというデータが後押しして、社会の少数者であるコロナ感染者への排撃という心性を刺激しているのでしょう。
しかし、公式データ上の感染者総数が相対的に少なめなのは、これまでにも識者から散々批判されてきたように、当局の方針としてウイルス検査数を極力抑制するという独自の施策のゆえ―その深層には日本の保健・医療機能の弱さという固有の事情があると考えられますが、ここでは立ち入りません―、発見され、統計に上がる感染者数も過少化するという数字のトリックですから、当てになりません。日本における感染者実数は、ブラックボックスのままなのです。
ちなみに、医療者への差別は、「自己責任」では説明がつきません。コロナ診療に当たる医療者は一般人より重装の防備策を講じていても、毎日感染患者の治療・看護に当たっていれば、高い感染リスクにさらされるからです。ただし、差別されるのは医師より看護師が多いという事実には、看護師という職業への差別が介在しているとも解釈できます。ここにも、看護師の地位が医師に比較して圧倒的に低く、専門技能職として十分な社会的評価を受けていないという日本固有の医師至上の階級差別的な医療構造が関連している可能性があります。
ところで、今年は、こうしたパンデミック絡みの残念な事象ばかりではありません。アメリカでは「差別王」トランプ現職大統領が再選できず、来年には政権交代となることは確実のようです。トランプ氏自身は、選挙の大規模な不正を指摘して自身を真の勝者だと主張していますが、それを信じ、あるいは信じるふりをしているのは、支持者と追従者だけです。
「差別王」が再選され、トランプ政権が二期八年も続けば、奴隷制廃止、公民権法制定以来のアメリカにおける公民権運動、広くは反差別運動はますます閉塞し、差別合衆国化していた可能性もあったところ、アメリカの有権者はそれを辛くも阻止したのです。
その最大の要因は、トランプ氏自身も感染したコロナウイルスの全米感染者総数1700万人超、死者数30万人超(いずれも現時点)という世界最悪状況を招いたことにありました。その原因がトランプ政権の対策不備のせいかどうかはわかりませんが、少なくとも、そのように広く認識され、また野党陣営からのそうしたネガティブ・キャンペーンが功を奏したことは確かです。一方で差別事象の温床となっているパンデミックが、他方で差別王を退陣させるというのは、皮肉です。
とはいえ、トランプ現職に投票した有権者も、初当選した2016年度を上回り、7千万人以上いたことは事実ですから、大敗ではなく、得票率も約47パーセントという惜敗に近い負け方です。差別王の言動をいまだ多くのアメリカ人が喝采し、少なくとも黙認していることは事実です。彼が「勝利」を主張し続けるゆえんでしょう。
差別王が来年、おとなしく退陣・下野したとしても、「トランプ的なるもの」は在野で生き続け、トランプ氏自身、次の2024年大統領選での返り咲きを目指して選挙運動を継続するとも言われています。となると、当講座でも、来年以降、トランプ氏はまだまだ最重要注目人物であり続けることになるかもしれません。