差別克服講座

様々な個人的または集団的属性を理由とする差別を克服するための日常的な努力の方法について考えるブログ

〈反差別〉練習帳[全訂版](連載第10回)

六 差別救済のあり方

 前回、近代的な国民国家は差別の培養器となってきたのと同時に、国際条約に背中を押されつつ、当の国民国家によって差別を克服する努力もなされていることを指摘しました。本章では、そうした国民国家による差別克服努力の中でも、被差別当事者を救済するための具体的な制度のあり方について見ます。

 

命題23:

差別救済の法的な仕組みを整備するためには、一般的な民法・刑法や個別的な救済法だけでは足りず、差別現象全般の救済を図るための包括的差別禁止法が必要である。

  
 差別の中でもよほど悪質なものは民事不法行為や刑法上の犯罪行為となります。また労働の領域での差別であれば労働関係法によって救済されるケースもあるでしょう。しかし、それらは前に見た多種多様な形態の差別の中でも典型的かつ悪質なものに限られ、多くの差別は既存の法体系の枠内では救済し切れません。
 一方で、例えば、男女雇用機会均等法障碍者差別禁止法等々の個別的な差別禁止法だけでは―個別の差別事象の特性に応じた特別法の必要性は否定されませんが―、他のカテゴリーに基づく差別に対応できないことは言うまでもありません。そのため、あらゆる差別を包括的に禁ずる総合的な法律の制定が必要となります。

 その際、「差別」の法的な定義を明確化することも重要です。その点、国際連合レベルの条約である人種差別撤廃条約女性差別撤廃条約(日本政府はいずれも批准済み)のような個別の反差別条約では、「差別」の実質を「不平等な人権妨害」ととらえたうえ、目的・効果基準で具体的に判断しようとしています。次のような定義規定が与えられています。
 
 「「人種差別」とは、人種、皮膚の色、世系又は民族的若しくは種族的出自に基づくあらゆる区別、排除、制限又は優先であって、政治的、経済的、文化的その他のあらゆる公的生活の分野における平等の立場での人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを妨げ又は害する目的又は効果を有するものをいう」
 「(女性)差別」とは、性に基づく区別、排除又は制限であって、政治的、経済的、社会的、文化的、市民的その他のいかなる分野においても、女子(婚姻しているかいないかを問わない。)が男女の平等を基礎として人権及び基本的自由を認識し、享有し又は行使することを害し又は無効にする効果又は目的を有するものをいう」
 
 憲法14条1項の「差別」の定義も、こうした国連条約の立場に合わせ、目的・効果基準による新定義に更新されることが望まれます。具体的な差別の法的救済においても、このような定義によった方が明快であり、差別の合理化を避けることができるでしょう。従って、差別救済の国内法として新たに制定されるべき包括的差別禁止法も、基本的にこうした反差別条約の差別定義をベースとしながら、より多種のカテゴリーによる差別を包括的に禁止し、被差別者の民事的・行政的な救済を図るものとする必要があります。
 
 なお、刑事罰に関しては、差別的意図に基づく暴行、脅迫、傷害、殺人などの暴力犯罪、すなわちヘイト・クライム(憎悪犯罪を一般刑法よりも加重的に処罰する規定を置くことも検討されてよいところですが、刑罰的取り締まりに過度に依存し、差別的表現行為全般を処罰するようなことは効果を期待できず、〈反差別〉の本質を見失うことになる点に注意すべきです。

 

命題24:
包括的差別禁止法を執行し、独立した立場で差別救済に当たる護民行政機関として、「反差別オンブズマン」の制度を設置すべきである。

 
 包括的差別禁止法が制定されたとしても、法的な差別救済の手段として、民事訴訟に訴えるか、捜査機関に告訴して刑事事件化するかという道しかないのでは、被差別当事者にとって壁が高くなります。かといって、行政的な人権救済機能を持つ法務局のような機関は差別問題専門に特化していないうえに、独立性もないという点に問題があります。
 そこで、オンブズマンのような独立性の高い専門的な護民機関の出番となります。この護民行政という分野は、これまで日本ではなじみが薄く、現在、国のレベルには存在しません。しかし今日、多くの先進諸国では、何らかの護民機関が設置されています。
 反差別オンブズマンは、そうした先進的護民機関の一環として設置される差別救済機関です。具体的には、人種/民族、障碍/病気、性差、性的指向など各被差別カテゴリーごとに、その分野の問題に詳しい法律家その他の専門家の中から政府が国会の同意を得て任命することが妥当でしょう。

 
 オンブズマンは基本的に各専門分野ごとに単独で任命され、単独で調査・決定する独任制機関であることによって、その独立性と専門性とが担保されます。この機関は中央に一庁だけ置くのではなく、当事者の便宜を考慮しつつ、地方に分散的に設置することが望ましく、中央には連絡事務局を置くにとどめることが望ましいでしょう。
 
 オンブズマンの具体的な権限としては、まず当事者の申し立てに基づいて差別案件を調査することです。調査に当たっては、強制力をもった資料提出要求や、場合により立ち入り調査や関係者の召喚のような強い権限を与えられ、そのうえで差別ありと判断したときには、差別当事者に対して差別中止を勧告するということが基本で、その処分は原則的に任意です。
 ただし、勧告に従わない当事者に対しては課徴金や場合により刑事罰のような強制措置も用意されます。また、特に悪質な差別事件に関しては、捜査機関への告発、さらに不起訴処分の場合の準起訴の手続なども設けるとよいかもしれません。
 一方、結婚をめぐる差別問題のように権力的介入になじまないケースでは、当事者間の調停も行うなど、非権力的な権限も持たせるようにします。

 このように、反差別オンブズマンはまず当事者の申し立てによって活動を開始するという点では裁判官と類似しますが、そうした受動的な準司法的機能ばかりでなく、民間の活動のほか国や自治体等の公的機関の施策をも対象に、そこに差別ありと判断したときは、自ら職権調査を実施する能動的な権限をも持たせることで、その活動の実効性は高まるでしょう。

 

命題25:
差別的内容を含む書籍、報道その他の表現物については、反差別オンブズマンの判断により「差別的表現物」に指定し、ブラックリストに掲載・公表する。

 
 「差別と言葉」を論じた三で、差別言説を検閲することには十分な効果はないと指摘しました。このことは、差別言説を宣伝する媒体となる書籍、報道、インターネット上のウェブサイトなどを野放しにしておくべきことを意味してはいません。
 反差別オンブズマンは、申し立てまたは職権に基づいて差別的内容を含むそれらの表現物を「差別的表現物」に指定したブラックリストを作成・公表する権限を持ちます。その際には、「差別的表現物」の著者名・出版社名やウェブサイト開設者名・プロバイダー名なども公表します。
 指定に当たっては、それらの者に事前告知し、当事者側の弁明・反論を認めるほか、表現の修正などの機会も保障します。こうした適正手続の保障により、反差別と表現の自由とのバランスが確保されるでしょう。

 こうした方法は事前検閲や事後的な差し止めのように、表現物を排除してしまう強制処分とは異なり、表現物の存在には直接影響しませんが、ブラックリスト化することによって、差別的表現物の情報を社会的に共有することが可能となるのです。
 ただし、当該の表現物によって特定の被差別者や被差別集団に重大な危険が及ぶ現在的な恐れがある場合には、反差別オンブズマンは裁判所に差し止めを請求することができる権限を与えられてもよいでしょう。