先般、WHOが世界に拡散中のサル痘について、「国際的に懸念される公衆衛生上の緊急事態」を宣言しました。コロナが収束しない中での新たなパンデミックですが、コロナと異なり、サル痘は男性の同性指向者の間で感染が広がっているとして、男性同性指向者に注意が呼びかけられています。
この呼びかけはデータに基づくもので、誤りではないのでしょうが、サル痘ウイルスは本来天然痘の同系ウイルスであり(そのため、天然痘ワクチンが有効)、性的指向にかかわりなく感染可能性があるにもかかわらず、男性同性指向者がその中心と位置づけられることで、男性同性指向者に対する差別・偏見を助長する新たな事象となっています。
ここで思い出されるのは、1980年代から90年代にかけてのエイズ問題です。エイズ・ウイルスも性的指向を問わず誰もが感染し得るにもかかわらず、ことさらに男性同性指向者の感染がクローズアップされる形で、差別を助長する契機となりました。
今日、一般に衛生問題は差別を助長する契機となります。不衛生が常態だった前近代とは異なり、衛生環境が全般に向上した現代において、不衛生は蔑視される要因となりやすいからです。感染防止というそれ自体としては正当な大義名分もあるため、転嫁的差別が起きやすいのです。
その点、感染防止の呼びかけ方として、誰でも感染し得るものなら、ことさらに男性同性指向者にだけ注意を呼びかけることはかえって不適切とも言えます。データ上、男性同性指向者間の感染例が多いことは事実だとしてもです。その点、WHOをはじめとする公衆衛生当局も配慮が足りないと思われます。
一方で、男性同性指向者の側の行動様式にも見直しは必要でしょう。エイズもそうでしたが、不特定多数人との性行為が感染ルートとなりやすいことが知られており、今般のサル痘でも同様の感染ルートが想定されています。
近年、欧米を中心に同性同士の婚姻制度が容認されるようになってきたことは、特定のパートナーとの安全な性関係を維持するうえで有益であるはずですが、現実には、現在でも紹介アプリなどを通じた不特定多数人との性的遊興やそれを目的とした海外旅行さえも存在しているようです。
現在でも治療薬は存在しない(強力な進行抑制薬のみ)エイズも含め、感染症にかかりやすい行動様式を採らないことは、自身の健康維持のみならず、差別を助長する事象を自ら招かないことにもつながります。逆に自ら差別状況を招くような行動様式は採るべきでないとも言えるでしょう。
現在、コロナのパンデミックが鎮静化してきたとの認識で、過去二年間の行動制限の反動から、コロナ前にも増して性的遊興を活発化させている男性同性指向者が増えていることがサル痘の流行拡大を招いている可能性もあります。しかし、サル痘をエイズの二の舞にすることは避けたいものです。
以上、目下連載中の『〈反差別〉練習帳』でちょうど同性指向差別を扱うレッスンに入る直前に当たるため、連載に挿入する形で、臨時の記事を掲載した次第です。