差別克服講座

様々な個人的または集団的属性を理由とする差別を克服するための日常的な努力の方法について考えるブログ

〈反差別〉練習帳[全訂版](連載第51回)

レッスン11:犯歴差別

レッスン11では、差別の四丁目二番地に当たる犯歴差別(犯罪者差別)に関する練習をします。

 

例題1:
[a]あなたの家の近所に、国が管理運営する重罪犯専用の刑務所の建設が予定されているとして、建設反対の署名運動を始めた近所の知人から署名を求められたら、あなたは署名しますか。

 

(1)署名する
(2)署名しない


[b][a]の事例を変えて、建設が予定されているのが刑務所を出所したばかりの重罪犯の更生を図る民間の施設であったらどうですか。

 

(1)署名する
(2)署名しない


 犯歴差別という現象は、犯歴情報が一般公開されることが原則としてないため、犯歴を持つ個人を直接に排斥するよりも、本例題のように、刑務所のような施設をいわゆる「迷惑施設」に見立てて、その建設反対を訴えるというような形で発現してきやすいものです。
 おそらく、[a]と[b]いずれの場合でも、反対署名をするという人が少なくないと推測されます。その理由としては、漠然とした「不安」のほか、「子どもへの悪影響」などが挙がってくるでしょう。
 
 しかし、[a]の場合は国が管理運営する正式の重罪犯専用刑務所ということで、受刑者は身柄を厳重に拘束された状態にあります。しかも、日本の刑務所では脱獄事件もほとんど起きないため、受刑者が近隣住民と直接に接触するようなことはまず考えられません。従って、「不安」等の理由は当たらないでしょう。
 
 これに対して、[b]の事例は刑務所を出所したばかりの人の更生を図る民間の施設ということで、入所者は身柄を拘束されておらず、何らかの制約はあるとしても、出入りは自由と考えられるので、「不安」等の理由も理解できなくありません。特に、例題では出所したばかりの重罪犯の更生を図る施設というだけに、再犯の危険性を懸念する意見が噴出するでしょう。
 
 しかし、再犯の危険性をゼロにすることはできないので、再犯の危険性がゼロでない限り重罪犯は刑務所に閉じ込めておくべしということになると、これは厄介者は施設へという隔離政策の一例となります。しかし、隔離政策はどのような場合でも真の問題解決とはなりません。
 社会内で生活しながら再犯の危険を除去するためには、刑務所を出所したばかりの人がどこかに紛れ込んで姿を消してしまうよりも、一定の場所で指導を受けながら暮らすほうが効果的で、かえって社会の安全を高めるとさえ言えます。
 
 なお、[a][b]いずれの場合でも、何はともあれ近所に犯歴者を集めた施設がやって来るということ自体を感情的に不快とする意見もあるかもしれませんが、それこそ典型的な犯歴者蔑視の差別となります。

 

例題2:
[a]未成年者に対する性犯罪の前科のある住民の住所・氏名を近隣の住民に開示して注意を呼びかけるという内容の法案ないし条例案が提出されたとして、あなたはこの提案を支持しますか。

 

(1)支持する
(2)支持しない


 [b][a]の事例を変えて、未成年者に対する性犯罪の前科のある者にGPS(全地球測位システム)による監視装置を装着し、警察が対象者の動静を常時監視するという内容の法案ないし条例案であったらどうですか。

 

(1)支持する
(2)支持しない


 犯歴を持つ個人を標的とする排斥的な事態が生じるとすれば、本例題のように国や地方自治体の具体的な施策を通じてということになるでしょう。
 一般的に住所・氏名のような居住情報は重要な個人情報になるはずですが、[a]では性犯罪の前科のある住民については、居住情報を近隣に開示することによって、その前科者を近隣住民が警戒し、避けるように仕向けるという制度です。
 
 一見乱暴な策のように見えますが、どこに性犯罪の犯歴者が居住しているか一目瞭然となり、該当人物を避けることができるので、「安心・安全」を高めると考えて、支持する人も少なくないのではないでしょうか。
 この法案ないし条例案はまさにそうした視点からのものであって、性犯罪の犯歴者を差別=劣等視するのではなく、危険視するものにすぎないという理解もあり得ましょう。
 
 しかし、このような制度は性犯罪の犯歴者を半ばさらし者にして、地域で孤立させるに等しいものであり、場合によっては近隣住民による転居要求などの具体的な排斥行動を誘発する恐れもあります。その意味では、犯歴者排斥の制度化と言ってもよいものです。
 その点に着目すれば、こうした制度には犯歴者に対する単なる危険視を超えた差別=劣等視が多分に内包されていると評価せざるを得ないように思われます。
 
 そこで、性犯罪の犯歴者の居住情報の開示範囲を地域の学校関係者や未成年者の保護者などに限定するといった限定開示策なら差別的とは言えないのではないかという考え方もあり得ます。
 しかし、この場合も、開示された情報が学校関係者や保護者らを通じて近隣に伝播していく可能性は否定し切れず、結果として近隣に広く開示するのと変わらないでしょう。
 
 こうした「さらし」の結果としての犯歴者の社会的孤立化は、かえって更生の妨げとなり、(近隣以外の場所での)再犯の危険性を高めるということからしても、[a]のような制度は逆効果的な失策であると言えます。
 
 これに対して、[b]のようなGPS監視であれば、犯歴者の居住情報を開示することなく、警察が対象者の動静を常時監視できるので、プライバシーの侵害も限定的で、かつ対象者の動静を広範囲に把握できるメリットも認められます。 
 たしかに、この方法であれば[a]のような「さらし」によって生じる犯歴者の社会的孤立を避けられる可能性はあります。しかし、GPS装着の事実が近隣に露見しないという確かな保証はありません。
 また、そもそも生身の人間に常時監視装置を装着するという一種の動物的な扱い自体が、犯歴者を劣等視する差別と言わざるを得ないのではないかという問題もあります。
 
 効果がありそうだからと飛びつく前に、他により差別的でない再犯防止策を研究してみるべきではないでしょうか。どのような策があり得るかということは、犯歴者更生の問題に関わり、本連載の主題を外れるので、各自の宿題とします。