差別克服講座

様々な個人的または集団的属性を理由とする差別を克服するための日常的な努力の方法について考えるブログ

〈反差別〉練習帳[全訂版](連載第31回)

レッスン5:性自認差別(続き)

 

例題3:
あなたは、戸籍の性別記載欄の性別を変更する権利を認めるべきだと思いますか。

 

(1)思う
(2)思わない


 トランスジェンダーの当事者にとって切実な問題となることの一つは、戸籍上の性別記載です。これは戸籍という古典的な制度を持たない国ではそもそも問題となりませんが、日本のように戸籍制度がある場合は、身分証明上大きな問題となります。
 戸籍は国民の身分関係を管理・証明するための登録制度であって、性別を記載することは当然視されていますが、この記載は生物学上の性別によることが基本であるため、トランスジェンダーの当事者にとっては自意識上の性別と異なる性別記載が押しつけられる結果となり、戸籍を前提とする社会生活上の上で様々な不便・不利益をこうむります。
 
 その状況を解消する最も簡明な方策は、[a]で論じたように、戸籍上の性別記載も削除することです。しかし、日本の戸籍は婚姻家族ごとに作成されるところ、日本では同性同士の結婚が許されないため、異性同士の夫婦であることを確認する目的からも、戸籍上の性別記載は必須事項になっているものと考えられます。
 例題1で見たように、各種書類上の性別記載欄は性別情報を取得する正当な目的がない限り削除することが望ましいというのが、我々の理解でありましたが、戸籍の性別欄は現行法制度上そうした正当な理由がいちおう認められるケースと考えざるを得ないと思われます。

 となると、もう一つの方策として、トランスジェンダーの当事者に限っては性別記載の変更権を認めることが考えられます。このような方策は、トランスジェンダーの人に対して戸籍上特別の権利を与える一種の優遇措置ですが、これはトランスジェンダーの人たちの社会生活上の支障を取り除き、かれらを対等な社会成員として迎え入れる包容政策としての積極的差別是正措置(アファーマティブ・アクション)の一種とみなすこともできます。
 
 実は、日本でも、特別法(性同一性障害者の性別の取扱いの特例に関する法律)によって性別記載の変更が認められるようになりましたが、六つもの限定条件付きのものであって、まさしく「特例」としての性格が強い点に批判もあります。
 やや専門的になりますが、六つの要件を見てみますと(1)性同一性障害であること(2)18歳以上であること(3)現に婚姻をしていないこと(4)現に未成年の子どもがいないこと(5)生殖腺がない又は生殖腺の機能を永続的に欠く状態にあること(6)その身体について他の性別に係る身体の性器に係る部分に近似する外観を備えていることという厳しいものです。

 
 なお、最高裁判所は2023年10月、上掲要件のうち、(5)の要件は「意思に反して体を傷つけられない自由を制約しており、手術を受けるか、戸籍上の性別変更を断念するかという過酷な二者択一を迫っている」として、憲法違反と断じました。とはいえ、まだ5つの要件が残されており、とりわけ、未成年子の不存在を要求するのはトランスジェンダーに子を持つことを禁止するに等しい差別と言えるでしょう。

 ちなみに、トランスジェンダーの中でも、自身の性自認に合わせた内外性器の特徴を獲得するための医学的な性別適合手術[注:完全に性別転換できるわけではない]を希望する人をトランスセクシュアルとも呼びますから、上記の要件はこうしたトランスセクシュアルの人の中でも医学的に「性同一性障害」と診断された人に限定した性別記載変更権となります。そのうえに家族状況や身体の秘部の形状・機能などプライバシーにも深く立ち入る限定条件が付けられているなど、大きな問題を抱えています。

 これを包容政策という観点からもう一度とらえ直し、要件を緩和してトランスジェンダーの人に幅広く性別記載の変更権を保障するか、そもそも戸籍制度という身分差別の遺風を残す制度そのものの廃止・転換を含めた制度改正も検討するべき時ではないでしょうか。これについては、各自でさらに考察されることを望みます。

 

例題4:
[a]あなたは、職場で、トランスジェンダーの人が自身の性自認に合わせた性別のトイレや更衣室を利用することを認めるべきだと思いますか。

 

(1)思う
(2)思わない


[b]([a]で「思わない」と回答した人への質問)その理由は何ですか(自由回答)。


[c]あなたは、職場に、従来の性別で分けられたトイレや更衣室とは別に、性別不問で共用できるトイレや更衣室を併設することに賛成しますか。

 

(1)賛成する
(2)賛成しない


 性自認に関わる問題で最も微妙なのが、このトイレや更衣室(以下、トイレ等)の使用問題です。トランスジェンダーの人は、自身の性自認に合わせたトイレ等を利用したいという要望を持つことが多いですが、これは一般の人にとって、男性が女性用のトイレ等を利用する、逆に女性が男性用のトイレ等を利用することと同じに見えるため、強い違和感や拒絶感を持つ可能性があります。とりわけ、職場のトイレ等のように、日常頻繁に利用するトイレ等では、こうした問題をめぐってトラブルになりかねません。

 
 [a]の設例で、トランスジェンダーの人の性自認に合わせた性別のトイレ等を利用する権利を認めるべきだとは思わないという立場を選択する人は多いと思われます(特に女性の場合)。
 ただ、その理由を考えてみますと、感覚的な拒絶感のレベルの話で、明確には説明できないのではないでしょうか。羞恥心ということも考えられますが、トランスジェンダーの人は生物学上の性別とは反対の性別で自己を認識しているわけですから、先ほど述べたような「男性が女性用のトイレ等を利用する、逆に女性が男性用のトイレ等を利用する」ということとは異なり、むしろ「女性が女性用のトイレ等を利用する、または男性が男性用のトイレ等を利用する」ことと同じになります。

 
 こうした感覚的な拒絶感とは別に、[a]のような利用を認めると、トランスジェンダーを装った性犯罪者による痴漢・盗撮行為の温床となるのではないかという懸念もあるかもしれません。
 これは一見もっともですが、例えばトランスジェンダーではない男性が女装して女性用トイレ等に侵入し、痴漢・盗撮行為に及ぶといった犯行もあり得るので、痴漢・盗撮問題は性同一性とは無関係です。無関係のもっともらしい理由を立てて差別を正当化することは、転嫁的差別に当たるのでした。
 なお、まとめと補足の回でも改めて述べますが、意識的に異性の服装をする異性装とトランスジェンダーは全く別ものであることに留意する必要があります。

 
 とはいえ、トラブルを回避するため、[c]のように、通常のトイレ等と別に、性別不問で共用できるトイレ等を併設するということも、現実的な妥協策としてはあり得るところです。
 これは、トランスジェンダーの人専用ではなく、こうしたユニセックス型共用トイレ等の使用を厭わない一般の職員も利用できるもので、かつ従来の男女別トイレ等も併設されるので、すべての職員がどちらのトイレ等を利用するかを各自で選択することができます。

 ただ、羞恥心の問題を考えますと、このような共用トイレ等を職場に設置したところで、実際に利用する人はまれで、結局、トランスジェンダーの人をこうした共用トイレに追いやり、「トランス専用トイレ等」を設置したに等しい結果に終わる可能性もあります。
 これはある種の隔離政策であり、かつて人種差別が法的に制度化されていた白人政権時代の南アフリカ共和国で、トイレまでが人種別に分離され、黒人は黒人専用トイレの利用しか認められなかったのと等しく、隔離という形の差別となります。

 
 ちなみに、例題とは異なり、職場のすべてのトイレ等を性別不問の共用型とするなら、隔離政策ではなくなりますが、この大胆なトイレ等汎用化政策は平等ではあるものの、羞恥心の問題を全面拡大することになり、[a]のケース以上に大きな反対に直面するでしょう。
 難問ではありますが、トランスジェンダーに関して正しい理解を持つ限り、[a]のように、性自認に合わせたトイレ等を利用する権利を承認することが最も実際的な差別解消・包容につながるという結論に至ります。