差別克服講座

様々な個人的または集団的属性を理由とする差別を克服するための日常的な努力の方法について考えるブログ

〈反差別〉練習帳[全訂版](連載第24回)

レッスン3:人種/民族差別(続き)

例題3:

あなたが企業の採用担当者だとして、民族的に日本人でなく、外見も明らかに日本人とは異なるが、日本国籍を持つ人が面接に来ました。日本語は完璧で、履歴や人物も申し分ありません。採用しますか。

 

(1)採用する
(2)他に同等条件の日本人がいなければ採用する
(3)採用しない


 例題3及び4は、人種差別の亜種と言える民族差別に関わる練習です。注意すべきは、例題3も4も、日本国籍を持つ人という前提があることです。つまり、民族的には日本人ではないけれども、外国人ではなく、法的には日本国民だということです。従って、これと後に扱う外国人差別問題とを混同しないようにする必要があります。

 
 そういう前提で例題3を見ますと、法的には日本国民である応募者を民族的に日本人でないとの理由だけで採用しないという判断は、民族差別に当たることはもちろんです。
 この事例では一応面接までたどりついているわけですが、提出された履歴書などに明らかに日本人的ではない氏名の記載があると書類審査で不採用とし、面接も受けさせないといったより悪質な民族差別もあり得るところです。
 そこまでいかなくとも、(2)のように、他に同等条件の日本人が見つからない限りで仕方なしに採用するという消極的な方針も、民族的に日本人でないということを一段低く見ている点でやはり差別的です。
 ただ、実際問題として、労働者の採否は総合判断の世界ですので、何が不採用の要因となったのかは外部からなかなかうかがい知れません。そのために、この領域には先の容姿差別や性差別なども表面化しないまま伏在しがちです。
 
 企業活動のようにドライな世界でこそ、狭量な差別的慣習を率先して打破できると期待したいところです。

例題4:

[a] 日本国籍を持つ韓国・朝鮮人アイヌその他の少数民族を公務員として優先的に採用する特別枠を設ける制度を創設することに賛成しますか。

 

(1)賛成する
(2)施行期間限定等の条件付きで賛成する
(2)賛成しない

 

[b] [a]と同様の制度を高校や大学等の入学試験に導入すること(優先合格枠)についてはどうですか。

 

(1)賛成する
(2)施行期間限定等の条件付きで賛成する
(2)賛成しない


 ここでも、外国籍の在日少数民族を優遇すべきかどうかという問題と混同しないようにします。本例題でも、優遇対象者があくまでも日本国籍を持っていることが前提となっているからです。
 
 そのうえで、国籍保有者であっても、外国人のように見られ、社会的少数者として周縁に追いやられがちな人々を社会の中心に迎え入れるために、人為的な優遇措置を設けることは、積極的差別是正政策(アファーマティブ・アクション)と呼ばれる代表的な包容政策として、多民族社会ではよく見られるところです。
 しかし、いまだに「単一民族社会」の神話から脱却し切れていない日本社会ではなかなか議論にさえなりません。その原因でもあり結果でもありますが、国籍取得が「帰化」という同化主義的な法律用語で呼ばれ、その要件もかなり厳しく排他的な制度となっていることも、本例題のような問題の提起を困難にしていると考えられます。
 
 ともあれ、アイヌのように先史時代から日本列島に居住していると見られる少数民族は元からの日本国籍者ですし、植民地時代に移住してきたコリアン、あるいは1990年代以降増加している日系ブラジル人なども、二世・三世と定住化が進めば国籍もより取得しやすくなるため、将来的には例題のような制度が課題化されてくるでしょう。
 
 ただ、現状、このような少数民族優先枠制度には賛成しないとする人が少なくないのではないでしょうか。その理由はおそらく、優先枠のせいで多数民族たる日本人が不利な扱いを受けることになるといういわゆる「逆差別」を問題視するからでしょう。
 しかし、こうした逆差別はいわゆる「差別」には当たりません。なぜなら、何度も確認したように、差別とは「劣等視」を本質とするところ、逆差別においては、不利に扱われる当事者、例えば本例題では多数民族たる日本人を劣等視するものでは何らないからです。日本人が不利な扱いを受けるのは、あくまでも優先枠が適用される限りでの結果にすぎません。
 このように積極的差別是正政策において生じる逆差別が「差別」に当たらないことは、例えば国際連合のいわゆる人種差別撤廃条約でも、「人権及び基本的自由の平等な享有又は行使を維持するため、保護を必要としている特定の人種若しくは種族の集団又は個人の適切な進歩を確保することのみを目的として、必要に応じてとられる必要措置は、人種差別とみなさない。」(1条4項)として明言されているところです。
 
 にもかかわらず、こうした優遇策には疑問の余地がないわけではありません。なぜなら、この制度は民族の別をはっきりと分けたうえで、特定民族に優遇を与えるという形で、一種の利益差別の性格を持つことを否定できないという見方もあり得るからです。
 人を評価するうえで大切なことはその人がどんな人かという内実であって、何民族であるかなどは本来、関係ありません。ところが、優遇策は、ある人が少数民族に属するがゆえに採用なり入学なりに際して優遇するというもので、民族の別を決定的な基準としているわけです。
 とりわけ、[b]のような入学試験における優遇制では、成績が良くないのに優遇された結果入学できた少数民族の生徒・学生に心理的な負い目の感情を与える恐れもあります。
 
 技術的にも、移民の定住が進行するにつれて、ある人がどの民族に属するかの基準設定やその証明が困難になり、証明できず優遇が受けられないケースや、逆に不正申告して優遇を受けようとするケースも生じてくるかもしれません。そのうえ、不正申告していないのにしたように多数民族から中傷され、少数民族が精神的な苦痛を味わう恐れもあります。
 このように、一見合理的と見える優遇策にも落とし穴がありそうです。その点、先の条約条項でも但し書きを設け、「(必要措置は)その目的が達成された後は継続してはならない。」と優遇策を期間的に限定しようとしているのも、この制度を無条件に肯定しない趣旨でしょう。
 
 類似の問題は、採用に際しての障碍者枠や、後に見る性差別克服のための男女半数制でも生じてきます。むしろ、これらの問題のほうが現状では本例題より現実的な課題かもしれません。いずれも難問ではありますが、各自でさらにお考えいただくことを願います。

例題5:
異なる人種または民族間でのいわゆる「混血」は好ましくないことだと思いますか。

 

(1)思う
(2)「混血」の組み合わせいかんによる
(2)思わない


 本例題では、そもそも「混血」という用語が適切かどうかが問題です。混ざるという語には「混乱」のようなネガティブなニュアンスもありますし、「混血」という単語にも血統の純潔を損なうといったネガティブなニュアンスが言外に感じ取れるからです。
 そこで、近時は「ハーフ」という言い方が選好されるようです。しかし、「ハーフ」は和製英語表現で、これには元となった英単語halfが持つ半分とか半端というニュアンスもにじんできます。「混血」に当たる本来の英単語はmixedで、これを日本語でミックスと表記したほうがハーフよりはましかもしれません。

 
 いずれにせよ、人種/民族差別主義者は「混血」を忌避します。人種隔離政策時代の南アフリカ共和国アメリカ南部諸州では、異人種間の性行為や結婚を法的に禁止さえしていたのはそのためです。
 ただし、こうした差別的法制の下でも、白人同士なら異民族間結婚(例えば、ゲルマン民族とラテン民族など)は合法的でした。この考え方は、本例題では「混血」の組み合わせいかんによるという(2)に相当するものですが、こうした組み合わせ論も人種/民族差別そのものです。

 
 人種/民族差別思想は、仮想上の「純潔人種/民族」を前提にしていますが、そもそもそのような「純潔人種/民族」は実在しません。ゲノム解析の時代、遺伝子系統の詳細な研究により、そもそも人種とか民族という概念さえ、無効になりつつあります。
 人類の遺伝子系統は複雑で、すべての人類は「混血」しているとさえ言えます。外見上は「白人」にしか見えない南ア白人やアメリカ白人にさえ、黒人系遺伝子を保有している者が見られることがわかってきています。それは、先史時代以来の移住・移民と通婚の結果であり、「混血」を問題にすること自体、非科学的とも言えるわけです。